このお役所は、明治維新政府が1885年に内閣府制度を設立する前からあり、太政官や参議が歴任していました。
初代は大久保利通であり、大久保利通氏は薩摩藩出身で有名ですが、明治6年の政変で(征韓論)西郷さんやその他有力者が辞めていくなか、独裁的な権力を握った大久保利通によって強力な官公庁に成長して行きました。
現在で言う、自治省が主なものになりますが、警察権力と言う点では現在の国家公安委員会及び警察庁、また法務省、また国土交通省の建設局を兼任していた巨大な官公署でした。
二、次に司法省は同じく1871年から1948年まで存在しました。
こちらは現在の法務省なのですが、主に刑務所の監督、そして裁判所のへの司法行政を行っていました。
どちらかと言うと最高裁判所に近い側面を持っていますが、刑務所への監督と言う点では現在の法務省と一緒です。
そして、こちら司法省は初代大臣に江藤新平さんが当たりました。
しかし、江藤新平さんは佐賀藩出身と言う事で、明治6年の政変で征韓論で大久保利通氏と対立し、西郷さんと一緒に明治政府をやめ、後佐賀で佐賀の乱を起こし、初の内乱罪による絞首刑にの処せられました。
司法省で問題なのは現在の憲法76条三項で規定されている「裁判官の良心」でした。
一般的に明治政府では司法権は重きを置いていなかったのはこういう理由にもよると考えます。
薩長は主に、大蔵省・内務省・陸軍省・海軍省を独占し、ここを重点的に役職を占めてきました。
いわゆるここが戦前の「行政」の中心であり、戦前は天皇制を中心とする中央集権的多くの価値観を認めない政府だったのです。
明治政府はこの様な政府で世界の五大強国にまで発展して行きました。
三、しかし、ここが戦前の「思想弾圧」に加わっていったことはあまりに有名です。
京都大学滝川教授は「クロポトキンの研究」を行ったために大学教授の座を追われました。
これゆえに現在の憲法には思想良心の自由(19条)信仰の自由(20条)の他に23条で「大学の自治」=学問の自由を保障しています。
また、神道以外の宗教を、またイデオロギーを弾圧してきました。
しかし、積極的に思想弾圧を行った特別高等警察は自分は軍部に騙された・・・・と日教組を作り、自らの思想弾圧を他人のせいにした事は有名です。
そう言う事で、戦後片山社会党内閣はGHQの指令に基づきこの「内務省」を1948年12月31日に解体しました。
しかし、今「内務省」なき社会の危機が訴えられています。
現在の日本はあまりに自由を無秩序に認めてしまったために、権利濫用が激しい社会になってしまっています。
我々、日本人が「思想良心の自由」の保障や「表現の自由=言論の自由」の保障の代償として失ってしまったものの尊さに今気が付くべきだと思います。
「公共の福祉」の尊重、国家を愛する心は必要ないのでしょうか。
私は、個人主義は国家を愛する心があって初めて保障されるものであると考え、言論の自由はその手段に過ぎないと考えます。
間違っても乱用してはいけないででは、ないのでしょうか?
こんな時代だからこそ国民は「公共の福祉」を尊び人権を権利濫用なく正しく行使するべきです。
四、しかし、現在の行政権は外局=省・庁及び行政委員会方式を取り、執行権は内閣から独立して、政治的圧力が掛からないように政治的中立の元に執行される・・・とされています、これを「行政庁」と言います。
国家行政組織法には3条3号に「省・庁」=外局と書かれてあり、現在警察権は警察法に基づき、内閣府の外局の元に執行されています。
まず、国会の多数派が内閣を構成し、内閣法に基づき各省庁の統合調整を行います。
行政庁は内閣の外局に置かれることが多く、内閣は長官及び委員の指名権と予算執行権を有するのみで政治家は行政の執行に干渉できません。
独立行政委員会は行政庁の一部で、合議制の機関です。
内務省から解体された国家公安委員会は合議制の独立行政委員会で警察法に基づき警察庁を指揮監督します。
次に、警察庁も行政庁として政治的中立の元に警察権を行使します。
「恣意に基づく行政権」を排除して。
そしてこれは内閣総理大臣の事務所内閣府の外局に設置されています。
そして、自治省は郵政省と合体し総務省として総務省設置法の元に「省」として君臨しています。
今、総務省は「行政」の要として地方自治から「行政」の円滑な実施と国民の幸福追求うに奉仕しています。
戦前の反省を大いに実現しますが、戦前の前身であった「内務省」の良い点も引き継いでほしいと考えています。
一、まず、皆さん私は行政機関について今、有機体的国家観の見地から書いています。
従って、多元的国家観の説を取られている方からは当然反論が生じてくると思います。
しかし、日本国政府がこの説を取り続けている限り国民に的確に行政機関について説明するにはこのほうが良いと思います。
従って専門的でないと御解釈ください。
まず、前回は内務省・大蔵省は国家機関の中で行政機関として極めて重要な位置を占め陸軍省・海軍省と並んで薩長が占めてきた秘密の国家機関であったといえると思います。
そう、今で言う総務省≒旧自治省は戦前は大蔵省と並ぶ第一級官庁だったのです。
二、次に、終戦後は大蔵省、通産省が第一級官庁として君臨し、日本を経済大国に一気に押し上げました。
現在の内閣府金融庁と財務省で、(平成11年ごろ解体)平成13年には経済産業省に省庁再編されました。
経済産業省は経済企画庁を吸収したとされ、この経済企画庁は消費者庁として復活しました。
しかし、日米貿易摩擦で経済産業省は槍玉に上がりMITIからMETIに変わり将に酩酊している状態なのです。
クリントンアメリカ民主党大統領の内政干渉が効きました。
いち早く経済産業省の通産省への復帰を期待したいものです。
三、しかし、現在の行政機関は内閣府の外局も含めて国家行政組織法3条3項が基本になっています。
これは行政庁と呼ばれ政治的中立を守るために、省・庁・行政委員会には法人格はなく執行機関は外局に設置され、「行政庁」と呼ばれています、これが憲法76条2項の行政機関、また裁判所法3条2項の行政機関とされています。
戦前は内局(現在の国家行政組織法7条機関)が中心で、この行政庁という概念はほとんどなく、政治的な恣意的な行政権が行使されていました。
戦後はこの反省から執行機関は外局になっています。
四、そこで、内務省は今の旧自治省・国家公安委員会及び警察庁、そして法務省が管轄している刑事警察権を一気に有していました。
これに対し司法省は裁判官人事などの司法行政、また検察官を通じて弁護士の統制を行っており、検察官が刑事さんを統括するのは戦後になってから・・・なのです。
そこで、検察局もアメリカのFBIに倣って戦後法務省外局として検察庁として行政機関となりました、検察庁は法務省の外局で行政庁です。
一方、内務省は行政、司法省は将に司法だったのです。
そして、戸籍を司法省は作っていきました。
これは現在戸籍があるのは日本、台湾、北朝鮮・韓国や中華人民共和国と、旧本領だった所です。
これは例えばアメリカ合衆国などのように戸籍がない地域では社会保険番号が唯一の手がかりで、これがない場合まず、見つかりません。
戸籍は世界に冠たる制度なのです。
今、考えますと、一級官庁だけが日本のためになっているというのは間違いであると考えます。
このほかに国土交通省の前身、旧運輸省や旧建設省は日本の戦後復興に役立ち住宅難を解消し、近代ビルを多く産出しました。
しかし、一級官庁のはずの大蔵省は多額の財政赤字を出し、経済の運営には問題があったと指摘されています。
「窮すれば道盛んなるかな」、日本の戦後経済は池田隼人首相の「所得倍増」計画で大きく発展しました。
しかし、オイルショック以後の低迷した経済は明らかに旧通産省の努力によって解消されていきました、バブル経済崩壊後は旧大蔵省よりも日本銀行が大きく日本経済再生に貢献しています。
司法省は内務省と言う強力な行政権に対し国民の私的自治を守り、多くの制度を構築していきました。
これは「苦難は幸福の門」と苦難という現実と立ち向かった省庁が強力な政治的権力を有する官公署よりも国民の為になるという現象を見ていくべきだと思います。
一級官庁大蔵省よりも、飛行場や港の整備を行ってきた旧運輸省の方が、また道路を作ってきた、高速道路を作ってきた・・・。
霞ヶ関ビルを始め高層建築物を管理している旧建設省は・・・、。
何も国民のためになっているのは大蔵省だけではない・・・と言う事なのです。
こういう点から郵政の民営化は良く考えて行ってほしいと思います。
総務省はこれから戦前の内務省のように強力な行政権を獲得できるのでしょうか法務省は戦後取得した行政権を守れるのか、これからの「行政」は成長するのでしょうか?萎縮するのでしょうか?
戦前の内務省はGHQによって片山社会党内閣によって解体されましたが、果たしてこれは正しかったのか、確かに思想弾圧はあったかも知れないが、じゃあ内務省は全て間違っていたのだろうか、こういう点も今後の課題ともされていると思います。
皆さんはどうお考えでしょうか?
以上
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